ゴー宣DOJO

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泉美木蘭
2015.8.5 04:55

わたしの冷徹 1


「うわあ……。死んでる……」

報道や刑事ドラマなどでよく見るブルーの制服を着た鑑識官や警察官たちが、
私の部屋の窓の下に大勢集まって、炎天下のなか、頭も身体も腕も、靴までも
白いビニールのカバーで覆い尽くして立っていた。
原発作業員みたい、と思った。
ひとりは、カメラでアパートの外観や部屋の中などを撮影している。
その時点で、それ以上見ていなくても
結論などわかっていたのだが、
それでも私は、細く開けた自分の部屋の窓から覗き見ることをやめられず、
結局、遺体が茶色いシートに二重に包まれて、運ばれていくまでを
最後までじいっと見続けてしまった。
熱されたアスファルトの上に遺体が仮置きされるのを見た瞬間は、
何も考えず、名も知らぬその遺体に向かってとにかく合掌した。

道場の前日、先週の土曜日の昼間、向かいのアパートに住む
50代後半から60代くらいの男性が、室内で孤独死していたことがわかった。
このあたりは木造二階建てのアパートが密集しており、特に向かいのアパートは、
私の部屋の窓から、身体を乗り出して手を伸ばせば届くという近さである。

いまブログを書いているこのパソコン机の目の前には、窓がある。
これを開けると、すぐ真下に、連日のこの炎天下のなか、締め切った部屋で
死後数日以上放置されていた遺体のあった窓がある。
向かいのアパートにはエアコンがない。
男性は、いつもその窓を開けっぱなしにして、窓際に寝ころがり、カーテンも
かけずに過ごしていた。
だから、私のほうは、自分の窓にしっかり遮光カーテンをかけて閉め切り、
部屋の中が窺い知られないようにし、たまの換気以外は鍵にも手を触れなかった。
猛暑に入ってからは、部屋にいる時はエアコンをつけっぱなしにしていたため、
換気することもなかった。

男性は、足が悪かったようで、半年ほど前に姿を見かけた時には、
自転車を歩行器代わりにして寄りかかり、ぶつぶつ独り言を言いながら
歩いていた。自転車のかごには、ワンカップの酒が転がっていた。
履いているスニーカーは汚れの染み込んだ泥の色をしていて、
両足のつま先が外側をむいていた。左右を反対に履いていたのだった。

ある晩は、眠りながらたまたまテレビのリモコンを押さえてしまったのか、
隣近所一帯に響き渡るような爆音になるまでボリュームが上がり、
110番を受けた警官が訪ねてきて、
「起きて下さい! もしもし! ボリューム下げられる!?」
などと注意を受けている場面があった。

しばらくして、首にIDカードをぶらさげたスーツ姿の男女が、頻繁に男性を
訪ねてくるようになった。
男性が部屋のなかに入れようとしないのか、窓の外から、男性に話しかけて、
食事のこと、保険証がどこに置いてあるかなどを質問する声が聞こえていた。
民生委員だな。
男性には身寄りがないのだとわかった。
男性はいつも「ああ帰れよお!」「うるせえ」と、乱暴に受け答えしていた。

なにかあるたびに、私も含めて近隣の住民たちがそっと窓を開けて、
男性の部屋の様子を見降ろし窺っている。
ただ、見降ろして、窺っている。
そんな状況だった。

私がこの部屋に住んでから2年間、男性は、ほぼ毎日、朝夕の決まった
時間に咳き込んでいた。
冬場、窓を閉めているときでも聞こえてくるほど派手だった。
酒に溺れているのか、たびたび嘔吐したりしゃっくりしたりする声も聞こえた。

最後に咳き込むのを聞いたのは、10日ほど前だった。
それ以降、豪雨で窓を閉めたのか、そのまま物音ひとつぱたりと聞こえなくなり、
「このごろ、隣りのおじさん静かだなあ」
とすら思っていた。

・・・書きはじめの一行では、ちょっとした日記で終わろうと思っていたのに、
隣りのおじさんについてこんなに綴ってしまうとは思わなかった。
長くなるので、分けて書きます。

泉美木蘭

昭和52年、三重県生まれ。近畿大学文芸学部卒業後、起業するもたちまち人生袋小路。紆余曲折あって物書きに。小説『会社ごっこ』(太田出版)『オンナ部』(バジリコ)『エム女の手帖』(幻冬舎)『AiLARA「ナジャ」と「アイララ」の半世紀』(Echell-1)等。創作朗読「もくれん座」主宰『ヤマトタケル物語』『あわてんぼ!』『瓶の中の男』等。『小林よしのりライジング』にて社会時評『泉美木蘭のトンデモ見聞録』、幻冬舎Plusにて『オオカミ少女に気をつけろ!~欲望と世論とフェイクニュース』を連載中。東洋経済オンラインでも定期的に記事を執筆している。
TOKYO MX『モーニングCROSS』コメンテーター。
趣味は合気道とサルサ、ラテンDJ。

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